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2016-04-01

身の置き所

0213今から十四年前、私たち家族は、鹿児島の小さな島の海辺に住んで陶芸をしながら暮らしていました。そこは、海の幸、山の幸、人の幸に恵まれた風光明媚な場所でした。
皆さんは、夜浜(よばま)という言葉を聞かれた事がおありでしょうか?
真っ暗な夜の浜にカンテラ(灯油を入れたランプ)や、懐中電灯をかざしながらアワビや、ミナ、魚などを採取する方法です。
なぜ、闇夜にわざわざ行くのでしょうか?
岩の上に、沢山の貝(アワビや、ミナ等)がよじ登って出てきているので潮が引いた大潮の海辺では、それを採取するために出かけるのです。
昼間は、人間や、鳥、虫、魚といった天敵がいるので、岩の上にのこのこ出てくる生物は、ほとんど見受けません。しかし、そんな昼間でも、少し深みに入って、大きな石を転がせばいるんですよ!たくさんの生き物が!このように、海の生物に限らず、すべての生物は、外敵から自分を守るために落ち着いた場所に『身を置く』ことを本能的に察知します。
人間も同じように自分の『身の置き所』を考えます。
例えば、私たちが夕食を食べに行くとします。最近は、仕切りによって区切られたレストランも多くなってきましたが、それがない場合、私たちは、好んで店員さんの見えるところに座るでしょうか?出来るだけ、落ち着いた誰にも干渉されない場所を選ぶことが多いのではないでしょうか?
高齢者が、在宅で暮らすことが困難になり、施設や病院等の中で暮らすことで様々な問題が起こることがあります。
それは、在宅での暮らしとの大きな相違点に順応しなければならない苦痛からくる問題です。
老人福祉法の施設設備及び運営に関する基準 第3章33条に
「・・・入居者の居宅における生活と、入居後の生活が連続したものとなるように配慮しながら各ユニットにおいて入居者が、相互に社会関係を築き自律的な日常生活を営むことを支援しなければならない。」とあります。
この法律には、いくつかの隠された願いが込められています。
一つは、高齢者施設を落ち着いた「身の置き所」に、設える事。
一つはそこが暮らしの場であること。
どうして、当たり前といえるこのような事が記載されているのでしょうか?
暮らしの場とするためには、在宅と施設の様々な溝を埋める必要があるからです。
措置の時代は、高齢者施設は税金で賄われ、介護が必要な方に対して「処遇」という名の下で支援がなされていました。平成十四年介護保険が導入され、契約の時代になり、選ばれる介護福祉士の時代になりました。
私たちは、入居者ご本人、ご家族、職員が、一致協力して
この溝を埋める努力をしなければならないと思います。
故京都大学の外山義教授は、この溝を『5つの落差』という表現で説明されていますのでここに紹介いたします。
一、空間の落差
二、時間の落差
三、規則の落差
四、言葉の落差
五、最大の落差は、役割の喪失
「自宅でない在宅」より

大きな空間に存在することは、昼間の岩場にぽつんと置かれた「ムキ身」の貝を連想してしまいます。
住み慣れた住居から新たな環境に移行することによる落差に苦しむ方もおられることと思います。
ちくりんの里のパンフレットにある四つのゾーニングは、不十分ではありますが、なるべく今までの地域社会に即した『身の置き所』を考慮し、高齢者の四種類の居場所として設定させていただきました。
入居者様だけではなく、ご家族、ご友人、地域の方におきましてもご利用して頂けますように、考えています。ここを暮らしの場とするためには、皆様の御知恵と、ご協力が続けて必要です。今後もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。
ちくりんの里 片村元

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